キシキシぷらむ視界

だらだらと長いだけの日記と、ちょこちょこと創作メモのような何かがあるブログ。

書くこと読むこと聞くこと


気づけばもう二月。
今年はここの日記の更新頻度を上げたいなと漠然と願っていたが、具体的な努力なくして叶うことであるはずがなかった。
一方で手書きの日記はおおかた休みなく続いている。その日その日の何やかやを文章化する、その力をほとんどそちらに費やした一月だった、ということになる。
とにかく今は手で文字を書くことが本当に楽しい。もともと古き良きものが好きであるどころか、古きものは良きものとすら単純に捉えたがる節がある。

2015年が始まって以来、そうやって書くことだけでなく、読むことにおいても私にとってはなかなかの蜜月を過ごしている。
量ではなく、質に恵まれている。
正確に言うと年末年始がいろいろな意味で豊かな出会いにあふれていた。
各方面にむかって感謝しかない。
本の感想を書き上げたいと思いつつも、こころを動かされることのそのあまりの強さに迂闊にも臆してしまった。
同時に、不可侵の領域にひっそりしまっておきたいような、独占欲めいたものがあったことも否めない。
そのうちの1冊はまさに共有ということを主題に語られているというのに著者のおもいを踏みにじるかの如きこの体たらく。
だが、おかげで区切りをつけることが出来そうだ。
一度は必ず情けないことをしておかないと向くべき方角や時をどうにも決められない、この性分は今年も健在です。

書くことと読むこと、そして最近のひととの関わりの狭間で何を考えていたかというと、大体以下のありさま。
情報や数値や慣例や、躾に作法に育ちに、表面と内面とその異なり方の面白い多面性と、理解とか想像力とか思いやりとか、日本人特有の交流の仕方であるところの阿吽の呼吸や以心伝心、意見、主張、聞くこと、話すこと、関わること、それらすべてを内包する知性と呼ばれるものの正体とは、何か。
雑多すぎてまだうまく言葉にできやしないが、このもどかしい衝動があるだけで脳と心臓が辛うじて動いていることを実感できる。
あとは、得難いものは、はたして失い難いものなのか。
手に入れることがこんなにも簡単で、なくすのは惜しくて、日ごと止むことなくちらかっていく空間。
集束。分裂。彷徨。変遷。未完成。
キーワードだけ募るばかりで、どこまでも閉じこもっているだけの答え。それすらも、もしもあるとすれば、という仮定が先に立つことを忘れがちだ。
単語や言葉を並べてみると、何かを伝えようとするならとてつもない時間がかかることに改めて気づく。
声なく自問自答している一瞬の積み重ねに比べれば、文字数も集中力も注意力も本当にあらゆるものが膨大で、それなのに繊細さと緻密さを要求してくる。はてしのないしごとだと分かる。
それなのに何故、表現したいと思うのだろう。この駄文さえ表現と呼べ得るのならば、すべての創作活動はもはや神がかりに違いない。

もっと簡単に言うようにしてみよう。
そうなのかな?
なんでなのかな?
どうなるのかな?
そんな疑問が湧きあがることに夢中なのです。つまり、人間というものに。

これまでの私なりの経験や、意識的にせよ無意識にせよ、培ってきた何か。
それをそろそろ社会的なかたちに活かさなければならない。
大多数の人はそれが自然にできているのだと思う。
私はもうどうしてもそういったことが上手くできず、平均よりも何倍もの努力が必要になる。
やるしかない。とにかく、はじめることからはじめなければ。どんなに考えこんでも本当に賢くはなれはしない。実際に行動するまでは。

頭でっかちで終わりたくはない。
そう思えるだけでも私にしては大した進歩。
良質な読書というのも天からの贈りものである以上に、読み手としての私が少しずつ育っている証拠だろう。
そうなるように支えてくれた人、環境には言葉が見当たらないくらい感謝している。
そういえば良い読み手にきっと近しい、良い聞き手になること、これをここ数年、努めてはいたのだった。
良い話し手になる前に良い聞き手になっておくほうが効率的ではないか、学びやすいのではないか、得るものがとても多いのではないかとか、その逆はひょっとして不可能か、あるいはものすごく困難なのではとか、そんなこともここ二年ほどは改めて考えていた。
もともと人の話を聞くことが好きだ。恐らく長々と書き散らすことで自ら語ることの欲求を満たしている。何時間でもひたすら傾聴に徹したところでほとんど苦にならないのは、このだらだらとした書き癖のおかげだったのか。今、妙に納得している。

相変わらずとりとめがない。
何をどう書いて終わらせれば良いものか、毎回きまりごとのように迷う。
ということは、つまり、まだ終わらせる気がないのだろう。事実、率直に言うと終わらせたくない。
それは何だかとても私らしい気がしてならない。


追記
もう少し気温が上がったらガンジス川でバタフライ的なノリで、メコン川でクロールをしようと思っている。このゆるゆるとした生活に楽しみが出来た。

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