キシキシぷらむ視界

だらだらと長いだけの日記と、ちょこちょこと創作メモのような何かがあるブログ。

人魚姫




童話、人魚姫の二次創作小説です。
作品のイメージを壊したくない方は
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その昔。
とある海の深く奥、七色に輝く魚や揺らめく昆布、踊ったまま飲まれていくプランクトンやふわふわと海底を歩くエビやカニ、その他さまざまな種類の生き物たちの王国で、人魚は生まれました。


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人魚はとある一族の末っ子として生まれ、優しい姉たちや両親に愛でられながら育てられ、17年の時を過ごしました。
ここなら誰も人魚を傷つけない。
恐ろしい鮫やシャチのいる海域にさえ行かなければ。
人魚が14の時に人間の男に恋をして海を去って行った優しい長女。
海に差すまばゆい光のような美しい長い髪を持った次女。
親友だった巻貝の亡骸に紐を通しいつでもどこでも首にぶら下げている三女。
どこから拾ってきたのか宝石の埋まったピアスや指輪を嵌めている四女。
透き通った歌声で人魚を眠りや笑顔へ誘ってくれる赤い瞳の五女。
人魚は幸せでした。


ある日四女が言いました。
私がつけてるアクセサリーはね、人間の女が泣きながら海に投げ捨てていたものなのよ。

四女がつけているピアスや指輪には、見たこともないような綺麗な光る石が埋まっておりました。

これはね、宝石というものなの。
四女が言いました。
人魚もそんな赤やオレンジやピンク色に光る石の埋まったアクセサリーを欲しいと思いました。


四女に連れられ人魚は海をのぼります。
海に差した太陽の光が強くてまぶしい。
人魚は目を細めます。
だけど私の住むところより暖かくて明るくて、綺麗だ。
人魚は思いました。 

きゃあ、人間! 
四女が突然叫びました。
人魚は少し遠く、ゆらゆらと波に翻弄されている影を見つけました。

あれが、人間?
人魚は思いました。

大変、助けなきゃ!
四女が叫びました。
どうして?
人魚は言います。
馬鹿ね、人間は海の中では生きられないのよ。息ができなくて死んじゃうの。
四女が言い、人間の方へ泳いでいきました。
人魚もそれに続きます。

四女が人間の腕をかかえ、人魚が足を掴みました。
これが足、なんて思う暇もなく二人で浜を目指します。


初めて上がる海の上。
初めて見る空に、眩しい太陽。白い砂。

二人で人間を浜辺に寝かせた後、四女が人間の頬を叩いています。

「もう死んでるかもしれない」

四女は言いました。
人魚は人間をまじまじと見つめました。
黒くて肩までの短い髪。
閉じた瞼。長いまつげ。
全身を纏っている布のせいでよくわからなかったけれど、上半身は私と似てる。

「これは男よ。パパと同じね」

四女が言いました。


さ、もう行こう。
四女はそう言って海の中へ入っていってしまいました。
人魚は人間の男を見つめます。
そのとき人間の男が小さな声で、う、と言うのが聞こえました。
ゆっくり開く瞼。濡れた黒い髪。すこし開いた淡い色の唇。隈。
人魚を見つめる、漆黒の瞳。


人魚はその瞬間、男に恋をしてしまいました。



海に戻ってきても、寝ても覚めても、考えるのはあの人間の男のことばかり。
当初の目的、宝石のついたアクセサリー探しのことはすっかりさっぱり忘れてしまっています。
漆黒の髪。青白い肌。虚ろな瞳。
その瞳は、わたしを見つめていたけれど、ちゃんとわたしを映していただろうか。
人魚は思いました。


人魚は毎日一人で海をのぼり、男の姿を探します。
何日目かにしてやっと、浜に佇む男の姿を見つけました。
纏う布は今日も黒。
人魚はうれしくて胸が張り裂けそうです。

男は目を閉じ、黒い髪を潮風になぶられ、まるで立ったまま眠っているよう。 
人魚はただ海の中からそっと、男を見つめるだけでした。

人魚は思いました。
私も人間になろう。
一番目の姉さんのように、足を持とう。そして歩こう。
あの人に会いに行こう。


人魚は18の誕生日に、伝説の魔女の元へ向かいました。
人魚の想像していた姿とは違い、魔女は若く美しく、中性的な顔立ちをしていました。
うねる髪は黒、瞳と唇は血のような深紅。
黒いマントからは人間の足がのぞいていました。

「あなたにお願いがあります。あなたのその不思議な力でわたしに人間の足を下さい。」

「…お前はあれかい?4年前にお前と同じ願いを持ってあたしの所へやって来た人魚の妹かい?」

魔女は薄く笑いました。

「ごらんよ」

魔女は不思議な水晶を持っていました。
人魚が覗くと、なんとその水晶には4年前に声と引き換えに人間になった1番目の姉の姿が映っていたのです。

「姉さん!」

人魚は言いました。

姉は泣いていました。
口元を覆う手や腕にはさまざまな色の痣がついています。 

「服で隠れているけどね、お前の姉は全身痣だらけ。一生消えない傷もあるよ」

魔女は言いました。

「あの女は人間になって無事愛した男と結ばれた。けどね、ろくに仕事もできない喋ることもできない愚図だからすぐに足手まといになったのさ。あの男に殺されるか捨てられるか、時間の問題だね」

人魚は水晶を見つめます。
泣いている姉。
鼻をすする音、激しい呼吸の音、咳、溜め息。
…姉さん。

「さあ、どうする?お前もあんな惨めで醜い姿になるかもしれないよ」

人魚は迷いました。
けれど言います。

「声と引き換えに、わたしに足を下さい。お願いします」

なぜ自分があの男のためにそこまでするのか。
人魚にはわかりませんでした。

「そうかいそうかい。ヒッヒッ」

魔女が細くて赤い爪を振り、喉と尾ひれが焼けるように痛み始めました。
そこからの事は、覚えていません。



「君、君、ねぇ、大丈夫かい?」

そんな声に揺すぶられ、人魚は目を覚ましました。
目に映るのはまぶしい金色の髪。綺麗な碧眼。赤い唇。
人魚は浜辺に打ち上げられていたのです。

「どうしたんだい、こんなところで素っ裸で。」

その男はこの国の王子様でした。 
人魚は大丈夫です、と言おうとしたところで自分が声をなくしたことを思い出しました。
尾ひれが痛い、そう思って下を見ると下半身からは二本の白い足。
そうだった。人間になったんだ。
わたし、人間なんだ。

「もしかして、君は声が出せないの?」

人魚はこくこくとうなずきました。

「そうか、困ったな。とりあえず僕の城においで。風呂に入って体を乾かして、服を着るといい。立てるかい?」

人魚は足を指さし、困った顔をします。

「痛いのか」

人魚はうなずきます。

「なら」

王子様は自分の上着を人魚の裸体に巻き、そのまま抱きあげます。

「さぁ、行こう」


人魚は王子様の城で、まるでお姫様のように大事に大事に扱われました。
声も出せないろくに歩けない、素っ裸で海辺に倒れていた得体の知れない女の事を王様やお妃様や召使いは気味悪がりましたが、王子様の命令には逆らえません。
そのうち女を問い詰めて正体を人魚だと知ると、王様もお妃様も召使い達も人魚を珍しがり、可愛らしい服を着させ海での生活を面白そうに尋ね、人魚に唇の動きだけで綺麗なサンゴ礁や虹色の魚の事を語らせては大きな海に夢を見るようになりました。

王子様は初めて人魚を見た時から、人魚に恋をしていたのです。
王子様は町の仕立て屋に人魚の新しいドレスを作らせ、人魚のための新しい召使いを雇い、毎日身づくろいをさせました。
まさに、至れり尽くせり。

人魚はなぜ王子様がこんなに自分に優しくしてくれるのかわかりませんでした。
王子様も召使いさんもみんな優しいけれど、早くここを出ていかなければ。
早く早く、あの人に会いたい。

やがて人魚は、一人になった隙を狙って城の外へ飛び出して行きました。
一歩一歩踏み出す度、足が裂けるように痛みます。
人魚は気にせず、あの海辺へと向かいます。


男はいました。
目を閉じて、立ったまま眠っているように。
ああ、やっと会えた。
あの人だ。
人魚は何も考えず男に飛びつきます。

うわっ!
男は言い、自分より頭ひとつ背の低い女を見つめました。

「君は…」

男は漆黒の瞳で人魚を見つめ、言います。

「僕を、助けてくれたことがある、ね?ずっと会いたかったんだ。ずっと探してた。この海に来ればまた会えるかと思って、」

人魚はうれしくて、大粒の涙をたくさんたくさんこぼしました。


それから人魚と男は毎日を一緒に過ごしました。
男は人魚をラプンツェル、と呼びました。
人魚の髪がとてもとても長かったからです。

「ラプンツェルには及ばないけどね」

男は言って、笑いました。


男は売れない詩人でした。

「あの日、僕は死のうと思ったんだ」

男は言います。

「もう何もかもが嫌になってね。死のうと思って、海の向こうに泳いでいってあとは波に身を任せた。けれど地に足がつかなくて口と鼻の中にたくさん海水が入ってきてから、やっぱり死ぬのが恐くなったんだ。情けないことにね。死にたくないと思ったけれど、もう遅かった。」

小さな、すこし汚い部屋。
男は笑いました。

「そんな時僕を助けてくれたのが君なんだ。一体どうやって波の中にいた僕を助けてくれたの?」

人魚は唇の動きだけで伝えました。
わたしが助けたわけじゃないの。
あなたは勝手に波に打ち上げられていたのよ。

ふーん、男はうなります。

「誰かに足を掴まれて上へ運ばれたような気がしたんだけど」

人魚は思いました。
四番目の姉さんのことは、覚えていないんだ。


人魚は着ていた高いドレスと靴を売り払い、安物の服をたくさんとパンと林檎をいくつか買って、男は日雇いの仕事をしながら詩を書いていました。

男は古くなったアコーディオンやハーモニカを人魚に聞かせたり、働いた金で足の冷えやすい人魚のためにブランケットを買ったりしました。
人魚は悪戦苦闘しながらレシピを見て男に林檎のパイやバラを散らしたサラダ、飴の埋まったクッキーを男に作り食べさせます。

男が笑えば人魚も笑い、人魚が笑えば男も笑いました。
朝は男を仕事に送り出し、その間に人魚は家事をします。
夕方男が帰宅してからは一緒にご飯を食べたり詩を読んだり、ブランケットにくるまってキスをして、夜は狭いベッドの中で手を握り合って眠ります。
貧しいながらも、ふたりはとても幸せでした。 
人魚は男に自分の正体を言ったらどうなるだろう、と考えました。

王子様や王様たちはわたしのことを珍しがり、海での生活を根掘り葉掘り聞いてきてちょっとうるさかったけど、彼ならなんて言うだろう。
そうか、やっぱりあの日僕を助けてくれたのは君だったんだね。道理で君からはいつも海の匂いがすると思った。
ラプンツェルなんて呼んでごめん。
きっとそう言うに違いない。
そしてわたしの詩を書くんだ。タイトルはもちろん人魚。

人魚は思いました。
知ってほしい。わたしの、いろんなこと。
ふるさとのやさしい綺麗な海のこと。
お母さんやお父さんのこと。わたしなんかよりもっとずっと美しくて長い髪を持っていた次女のこと、親友の巻貝をいつも首からぶら下げている悲しくてやさしい三女のこと、綺麗なアクセサリーをたくさんつけていた四女のこと、いつも子守唄を歌ってくれていた美しい声の五女のこと。

そうだ、水晶のなかで泣いていた一番上の姉さんはどうなっただろう。
今度探して、会いに行ってみよう。
人魚は思いました。
魔女に居場所を聞いておけばよかったな。


ある日。
人魚と男は丘の上まで散歩に出かけていました。
男はノートと鉛筆を持って。
人魚は林檎や苺やラズベリーを籠に入れて。
ふたりは踊ったり唄ったり果物を食べたり丘に広がる景色を眺めたりして、夕方手をつないで小さな家へと戻ります。

きっと君は素敵な声を持っていたんだろうね、男は言いました。
人魚は笑いながら、声じゃなくて髪で足と交換すればよかったかしら、と思いました。
でもこの髪がなくなったら彼はわたしにラプンツェルじゃなくて丸坊主、なんてあだ名をつけたかもしれない。
いや、そんな事はしないか。
人魚はひとりほくそ笑みました。

人気のない石レンガの道。
すこし冷たい空気とケヤキの葉の匂いがします。


「人魚!」 
突然うしろから叫ばれ、男と人魚は振り返ります。
そこには、猟銃を持った王子様が立っていました。

「人魚、ずっと探してたんだ。突然いなくなってしまって。何をやっているんだ、そんな黒い瞳の汚らしい男と手なんかつないで。一緒に城に帰ろう。」

男が人魚を抱きしめます。
人魚はいやいやと首を横に振ります。

「どうしてだ。城にはたくさんの召使いや高価なドレス、おいしい食事、立派なベッド、綺麗な風呂、なんでも揃っているだろう。何がだめなんだ、」

違う、そういう事じゃない、人魚は思いました。
首を激しく横に振ります。

王子様は溜め息をつき、猟銃を構えます。


バーンッ、

あまりの大きな音に人魚は固く目を閉じ耳を塞ぎます。
耳の奥がジンジンする。
ひやりと冷たい空気が人魚の体を撫でました。

人魚が目を開けると、たった今まで自分を抱きしめていた男が血を流して足もとに倒れていました。
人魚は声にならない叫びをあげ、男に縋りつきます。
石レンガに広がる血。
男はお腹を押さえて人魚を見やります。

「そうか、君はラプンツェルじゃなくて人魚だった…んだね。道理で君からはいつも海の匂いがすると思った」

人魚の目から大粒の涙がこぼれ、溢れ出てきます。
真っ赤に染まる手。

「あの日、助けてくれて、あ、あり…」

男は何も言わなくなりました。虚ろな瞳。
その目には何も映してはいません。
人魚はがむしゃらに泣き叫び、男を揺さぶります。
声が出ないのに喉が苦しい。
心臓が張り裂けてしまいそう。

「さぁ、人魚。そんな男の事は忘れて、一緒に帰ろ…」

王子様は言いかけて、驚愕の目で人魚を見ます。

人魚が足の指から順に泡になっていきます。
人魚は男の上に覆いかぶさって、まるで疲れ果てて眠っているかのよう。
広がる泡、水。
やがて人魚は数秒もしないうちに全身を泡に包まれ、消えていきました。
その泡が男の血を流し、混ざり合っていきます。


残ったのは男の死体と白く光る泡、 
それと真っ青になって泡に縋りつこうと駆け寄る王子様の姿だけでした。


おしまい


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あとがき

童話の二次創作に手を出したくて、何を描きたいか考えてまず思い浮かんだのが人魚姫。泡になって消えてしまうラストは崩したくなかった。でもこれならバッドエンドではないよね…よね……?
次はヘンゼルとグレーテルで描きたいな。